職場でAIを使っている人の多くは、そのことを周囲に伝えていません。KPMGとメルボルン大学が2025年に公表した国際調査で、日本の回答者のうち職場でAIを使っている人は55%でした。一方、職場にAI利用のガイドラインがあると認識している人は30%にとどまります。47か国全体では、従業員の57%が、AIを使ったことを明かさなかったり、AIが作った内容を自分の成果として出したりした経験があると答えています。黙っている理由も測定されています。明かした人は評価を下げられるのです。この状況を変えるのは、社内規程よりも、AIの利用を明かしたうえで安く引き受ける競合だと考えます。
黙っているほうが得な三つの理由
別の記事で、AIの利用を隠したくなる条件は職場の側が整えてしまったと書きました。その後の調査を見ると、人が黙っている理由は三つに整理できます。
従うべきルールがない。KPMGとメルボルン大学の調査で、職場にAI利用のガイドラインがあると認識している日本の回答者は30%、AIの研修を受けたことがある人は21%(47か国全体は39%)でした。従業員に限ると、47か国全体でも、AIや関連分野の研修や教育を何らかの形で受けた人は47%にとどまります。同じ調査の全体では、AIを使っている従業員のほぼ2人に1人が社内の方針やガイドラインに反する使い方をしたと認め、48%が財務や顧客の情報などの社内情報を公開のAIツールに入力したことがあると答えました。はっきりしたルールがなければ、いちばん安全なのは、黙って使うことです。
周囲の評価が下がる。米国のデューク大学フュークア・スクールのジェシカ・ライフ、リチャード・ラリック、ジャック・ソルの3人は、事前登録した4つの実験を行いました。AIを使った人は、同僚から同じ手助けを受けた人や、一人で仕事をした人に比べて、怠惰で、能力が低く、仕事に熱心でないと評価されました。参加者はこの不利益を予想していましたが、それでも評価は下がりました。
仕事の値打ちが低く見える。マイクロソフトとLinkedInの調査の全体では、AI利用者の53%が、重要な仕事でAIを使うと自分が代わりのきく存在に見えることを心配していました。下書きが10分でできたのに、請求書に4時間と書いてあれば、依頼者は理由を知りたくなります。弁護士のタイムチャージや工数での見積もりのように、専門職の報酬の多くは手間の量を前提にしています。AIは、かけた手間に比例して成果物ができるという前提を崩しました。
昔からある非難
紀元前370年ごろ、プラトンは『パイドロス』で、ソクラテスにエジプトの神の話をさせています。神は記憶を助けるものとして文字を王に勧めますが、王は認めません。文字に頼る人は、何でも知っているように見えて、実際にはたいてい何も知らない者になってしまう、というのが王の言い分です。
よく語られるのは世代の話です。年長の専門家は、かつてGoogleやWikipediaをそう見たように、AIを、若手が楽をするための道具とみなします。AIで能力があるように見せかける人がいるのも事実です。それでも、同じ非難は電卓や検索エンジンにも向けられてきました。そして毎回、古いやり方の権威が真っ先に失われました。
ところが、デューク大学のデータは、この世代の話に当てはまりません。AIを使ったと評価が下がる傾向は、評価される人が若くても年長でも同じように見られました。年長の専門家が引退すれば消える問題ではないということです。
決着をつけるのは市場
専門職の規範が少しずつ変わることはありえます。ただ、時間で報酬を受け取る慣行は、説得では崩れません。崩すのは競争です。
日弁連の説明では、弁護士報酬の決め方には、着手金と報酬金による方式のほかに、かかった時間に1時間あたりの単価を掛けるタイムチャージがあります。タイムチャージの仕事では、AIで作業が速くなった分だけ請求額が下がり、浮いた時間はそのまま依頼者の得になります。事務所の側から見れば、速く仕上げるほど売上が減る仕組みです。
本物の専門性とは何かという議論は、同じ結果をより安く出す競合が現れた時点で意味を失います。何を技能と認めるかは業界団体が決めますが、何にお金を払うかを決めるのは依頼者です。自分がAIを使わなければ、競合が使います。
隠れた利用が不利になる理由
一つ目は、認めていないものには値段を付けられないことです。「下書きはAIが作り、条項はすべてパートナーが確認し、報酬はその両方を反映しています」と説明できる事務所は、価格と信頼の両方で競えます。AIの利用を隠している事務所は、値下げをした瞬間に、その理由を問われます。
二つ目は、隠れた利用は確認されない利用だということです。同じKPMGの調査では、従業員の66%が、AIの出力を正確かどうか検証せずに使ったことがあると答えています。依頼者との契約書、患者の記録、人事の資料が、誰の管理も受けずにAIツールに入っていきます。10人規模の事務所では、依頼者が気づくまで誰も気づきません。
開示に必要な三つのこと
開示は三つの要素からなり、成果物のすぐ横に書きます。
どこでAIを使ったか。たとえば「要約の下書きはAIが作成し、結論部分は私が書き直しました」と書きます。成果物に一行添えるだけで、誰も推測する必要がなくなります。
誰が確認したか。専門職がもともと守ろうとしていたのは、責任の所在です。海外では、AIが作った存在しない判例を書面で引用した弁護士が処分された例が報じられています。厳しく扱われたのは、誰もその内容を確認していなかったからです。確認した人の名前があれば、責任の所在がはっきりします。
AIにどのデータを見せたか。個人情報保護委員会は2023年6月2日に、生成AIサービスの利用について注意喚起を出しました。個人情報を含むプロンプトを入力する事業者には、利用目的の範囲内かどうかを十分に確認するよう求めています。現実的な答えは、氏名やID番号を外してから文書をAIに渡し、あとで自分のパソコンの中で元に戻すことです。promptShieldはそのために作りました。その出発点は、AIを使っていると認めることです。
このブログの記事には、Claudeで下書きし、人が確認して手を入れたことを署名欄に明記しています。モデルの名前を先に出す書き方は採りませんでした。責任を負う者が誰なのかを誤って伝えてしまうからです。モデルを先に出すと、人が確認していない生成物のように読まれ、当社の評価も下がりかねません。それこそが、この記事で述べている不利益です。
開示が当たり前になるとき
この変化は、誰かが宣言して始まるものではありません。少し安い見積もりや、作業の方法を書き添えた提案書という形で表れます。求人票には、どのツールを使い、それをどう確認しているかを尋ねる欄ができるでしょう。
AIの利用を隠している組織ほど、若手が育つ新しい道筋を作るのが遅れます。若手はこれまで、最初の下書きを書きながら仕事を覚えてきたからです。
業界全体が変わるのを待つ必要はありません。今週、同僚の一人に、自分が実際にどう仕事をしているかを話してみてください。そして、成果物の横に方法を書き添えます。いずれにしても競争が開示を当たり前にします。先に動くか、あとで追い込まれるかの違いです。
よくある質問
職場でAIの利用を隠している人は、どのくらいいますか?
KPMGとメルボルン大学の調査では、日本の回答者で職場でAIを使っている人が55%いる一方、職場にAI利用のガイドラインがあると認識している人は30%でした。47か国の約4万8,000人全体では、従業員の57%が、AI利用を明かさない、またはAIの成果を自分のものとして出した経験があると答えています。マイクロソフトとLinkedInの2024年版Work Trend Indexでも、調査全体でAI利用者の52%が重要な業務でのAI利用を認めたがらないと答えました。別々の調査元が、同じ傾向を示しています。
AIを使ったと明かすと、なぜ評価が下がるのですか?
デューク大学の研究者は、AIを使った人が怠惰で能力が低いと評価されることを、評価される人の年齢を問わず確認しました。そのうえ、AIを使うと自分が代わりのきく存在に見えることを心配する人も多くいます。
どうすれば、AIの利用を安心して明かせるようになりますか?
依頼者が時間ではなく責任に対してお金を払うようになれば、明かしても不利になりません。それまでは、方法を添えることです。どこでAIを使ったか、誰が確認したか、AIにどのデータを見せたかを書きます。データの面については、ChatGPTに文書を貼り付けてもよいかを解説した記事をご覧ください。